上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

はじめに

傷んでいますか
腐っています

初めての方は以下の注意を必ずお読みください。
2回目以降の方もこの記事を更新する度にお読みください。
お読みにならなかった方が被る一切の不利益は感知いたしません。(この記事の最終更新日2009年4月13日)

・当ブログは作家、出版社、制作会社等あらゆる制作サイドとは無関係です。
・感想などで敬称を略すことがあります。敬意を持っていないわけではありません。
・男性から男性への恋情などを前提とした作品解釈を記事の内容に含むことがありますので、不快に思う方は閲覧をしないでください。
・ケータイメールからの投稿のカテゴリの適正化は時間がかかります。

コメント・リンク・トラックバック等をなさる方は続きをご覧ください。

続きを読む »

スポンサーサイト
6月末ごろにみた。


概ね良い。原作が連作短編だから一つの映画としてまとまるか不安だったが、エピソードをまるまる一つ落とし、絡みを増やしたことで解決。

いただけなかったのは、
・ゴンちゃん=谷村美月はミスキャストでは
谷村美月は都会的で線病質な感じ。田舎育ちの天然娘か?
年齢的には逆転してしまうが、えっちゃん役の有村架純と入れ替えた方がよかった。

・安めぐみはアウト
寝とり女役が安めぐみは絶対だめ。安めぐみは容姿を売る仕事をしている以上、中谷美紀とどっちが「いい女」かなんて高度に好みの問題である。
説得力が減じた。

・マンガ的演出
ゴンちゃんカップルが互いにズキュンと来るシーンで背景が爆風なり花なりに急になったが必然性が感じられなかった。他と浮いていた。
しかも作りがチープでうそ寒くなるだけだった。



一番良かったのは愛菜ちゃんが可愛かったこと!
関西弁は反則。
「星の裁き」っていうからナディア的なものを期待したのに、
杖から光線が出るだけかー

まあ、ナディア的なあるいはラピュタ的なものが出たら、
体制側含め誰も助からんけどね。

ノイタミナ

「海月姫」みてました(でも感想書く余裕がなかった)。
いま、「フラクタル」をみています。やっぱり感想書く余裕はなさそう。

まるマ3期が終わって以来、観たアニメがブランクあるけど全てノイタミナ、というのはなんか悔しいというかある意味不健康というかあまりいい気持ちはしませんが仕方がない。

カムバック、衛星ビーンズ劇場!
日5スタドラとか、観ればハマったのかしらね? でもあれは絵柄が好みじゃないからなぁ…


フラクタルは、ところどころ西魔女を彷彿とさせますね。
♪昼の星に~
とか
「星(バルーン)が落ちる」
とか。
あと
ネッサとか詩人(バード)だろ。

パクリっと言いたいのではなく、好みの世界観だということです。

キャラがもう少し魅力的であれば…つまり現状は類型的な萌えでしかなく、人間性があまり描かれていない…てゆうか女の子多すぎ(個人の意見です)

2010年紅白

箇条書き
●fl〓mpoolのボーカルがハリ〓ン〓ンの箕輪に似すぎている
●平原綾香の曲は、番組が好きなので嬉しかったが、つくづくカラオケなどで歌うことを拒否する仕様ね
●西野カナ、名前しかしらない。曲を聴けば聞き覚えがあることを思い出すだろうと家人に言われたが、全く聞いたことがなかった
水樹奈々「PHANTOM MINDS」は「あ、これ聴いたことあるー!」→家人に【そういう目】で見られた。いやいやいや、偶々だから汗
●何故北島三郎はマーくんと腕を組んでるの?
●熊倉さん…!
●櫻井翔→宮大工 ハチクロwwwwww
●母「福山雅治、髪このまんまなんだ~気に入ってんのかな?」→そしたら断髪式だもの。吹いた。期待通り香川照之登場。絆だ~萌え。手が震えてる香川照之萌え。かわゆす
●天城越えはやはりマツカソングです

ガラパゴス

最近、やけにエヴァンゲリオンの断片に触れる機会が多い。そのたびに、アニテラにあまりにもエヴァンゲリオンのネタが多いことに気づく。やはり、エヴァンゲリオンそしてガンダムは必須教養なのだろうか。

性懲りもなく、「地球へ…」キャラ(基本的にアニメ準拠)を使用したキャスティング企画。
「プリンセス・トヨトミ」です。
だって、ねぇ、松平があまりにもキース。
これでキャスティング企画やりたくならない人は、少なくともキースファンではないでしょう。

◆◇◆

普通に考えたら

鳥居…サム
旭…フィシス(スウェナも可)
ですが、
鳥居…綾瀬はるか
旭…岡田将生
の登場によって、ハードルが下がったので、趣味に走ろうと思います。

◆◇◆

鳥居…マツカ
旭…シロエ

ああ、ああ、石を投げないで。
でも、普段ドジッ子だけど特殊能力があるという点で、鳥居とマツカとは共通しませんか。
若く優秀で、好奇心によりとんでもないことを引き起こしてしまう旭とシロエとは似ていませんか。


真田父はブルー、大輔はジョミー。
セーラージョミーwww
茶子は…トォニィで。「グランパが殺らないなら、ボクが殺る」の名セリフ(?)を持つトォニィが適当ですね。
トォニィは女形でジョミーが女装です。そうでないと「プリンセス」にならない。
でも、お転婆な役を女形で演じるのは難しいですよね…

門番はゼル。その他大阪国の重職は教授やハーレイ。
大阪国の男たちはミュウの男たちで。ちょっと若い人が多すぎるかな?老けメイク老けメイク。
ジャコ屋はキム、蜂須賀は可哀想だけどサム。

日本国総理大臣は…グレイブですよね。アドスじゃないでしょwww



こんなのでどうですかね?
「好きな人が好きな人を好きになる」という言葉が、最近頭から離れない。自分の好きな人、の、好きな人、を、好きになる(よう努力する)、ということ。3番目の好きは意味が違う。何かの言葉だったと思うが思い出せない。
小津の顔!
アニメ化の一報を知り、直ぐに公式サイトを確認した際の、キャラクター原案段階の小津の顔と、実際のキャラクターデザインの顔とがかなり異なることは、以前から気になっていた。
今回の小津の顔は原案(OPでも登場)に近かった気がする。中間くらいだろうか。小津の人間離れした顔は「私」の主観であるという説明を何かで読んだ。先入観のない目で見た、真の顔が、あれなのだろうか。小津を人間らしく描くとああなるのだろうが、かなり印象が違う。
(私の知り合いに似ているが、そう言っても多分彼は喜ぶまい)
決して美男ではないが純情そうな顔をしている「彼女の前ではいい子でいる」小津の顔が初めて登場したのは小津のスマートフォンだ。原作と比較して時代の変化を感じる。しかし考えてみると、小津はいかにもスマートフォンを持っていそうだ。


他のどの世界でも、小津が唯一の友人であることに気づいた「私」は、小津の悪質さに気づきながらも、小津に肩入れしていくが、これはやはり実際には小津を知らないのが良かったのかもしれない。そうだとすれば、四畳半主義者の「私」が小津を知らないという設定も納得できる。


「私」が小津の名を叫びながら走るシーン。走っている間に「私」の格好がどんどん以前の回のものに切り替わっていく。ここで、「四畳半主義者」以外の世界の「私」も救済されたような気がして、涙が零れそうになった。
しかし、同時に、「四畳半神話大系は泣くような話ではない」、そんな気がしていた。
そこへ来て、ハダカである。無意味なハダカ。感動は一気に背景に退いてしまった。
これがまさに絶妙な塩梅で、「四畳半神話大系」として丁度よい感動具合だった。「四畳半神話大系」は恥じらいの文学。正面切って泣かせるようなものではないのだ。

まあ、見ず知らずのすっぱの男に抱きつかれた小津の心中は…御愁傷様、ということで。

ラストは、「私」と小津との役割の交錯がわかりやすく表現されていた。

◆◇◆

オープニング映像冒頭は、初回放送から、四畳半世界に閉じ込められることを暗示しており、白黒と相まって、閉塞感をよく演出していた。曲の雰囲気も合っていた。

私は以前、四畳半神話大系における「不可能性」という概念の重要性に言及した。

しかし、今回この最終回の最後に流れたオープニングは、曲も、映像も同じなのにもかかわらず、いつもの閉塞感が逆転して、「無限に広がる可能性」といった明るさを感じさせた。私たちの一つひとつの選択から無数の世界が生まれ、どこでもそれなりに幸せである。
樋口師匠が「不可能性」について語ったことは、裏から言えばこういうことなのではないか。

クルクル回転するキャラクター画像のところなどで、「さようなら」とか「またいつか」などの文字が混じっていた遊びも楽しかった。
当初はこれほど名残惜しくなるとは思わなかった。
さようなら、また会う日まで。
今度は「有頂天家族」を希望する。
アクセス解析はともかく、地球へ…ブログパーツの終了は本当に寂しい。
テラと私を繋ぐよすがが、また一つ消えてしまいました・・・。

未分類記事の分類、読了本の追加などはまた今度。

Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。